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帝人株式会社「女性活躍推進に留まらない帝人のD&I」第1回

帝人株式会社は、高機能繊維・複合材料、電子材料・化成品、ヘルスケア、
繊維製品・流通、ITなどの事業をグローバルに展開している企業グループ。
ダイバーシティの取り組みは、1999年までさかのぼります。
いち早く制度・環境整備に注力し、2014年には経済産業省「ダイバーシティ経営企業100選」に選出。
「新卒採用女性比率30%」「女性管理職3倍増計画」「女性管理職登用加速」と女性活躍だけでも、
活動の幅を拡大しています。
ダイバーシティ推進室 日高氏にダイバーシティに取り組むきっかけや、
その歴史について伺いました。

人事総務部 ダイバーシティ推進室長日高 乃里子氏

人事総務部 ダイバーシティ推進室長日高 乃里子氏



外国企業との会議で女性活躍の差を感じる

ダイバーシティ推進のきっかけは?

帝人がダイバーシティ推進の先駆けになる女性活躍推進に取り組んだのは
1990年代の終わりからです。
当時の社長が事業のグローバル化を進めていたのですが、外国企業とのやりとりの中で、
日本企業の女性活躍が遅れていることを感じたのがきっかけでした。
外国企業と会議をすると、帝人は参加者が全て男性なのに、
相手の外国企業は半分くらいは女性が参加している。
グローバルな企業になるには、女性の活躍が不可欠だと社長が感じ、
経営戦略の一環として位置づけたというのが始まりです。

日高さんはいつ頃から、関わるようになったのですか?

私はもともとヘルスケアの事業にいて、その頃は人事とは全く関係ない仕事をしていました。
1999年が雇用機会均等法改正の年ですが、女性活躍を押し進めるべきだと、
この年に「女性活躍委員会」が立ち上がりました。
総合職で子供がいる女性が少なく、私も委員会に参加しました。
社長は「女性の活躍」にこだわっていて、そういう委員会名にしたようで、
当時から「活躍」という言葉を使っていたんですね。
参加してびっくりしたのは、13名のメンバー構成が男性7人、女性6人だったことです。
ぼほ女性で構成されている委員会が今でも多いと思いますが、半数ずつだったんです。
男性は各事業の部長クラスの人達で、
当時はこんな年配の方々に女性活躍が考えられるのか疑問に思ったんですけど、
社長はこれからの会社の経営を担っていく人材に女性活躍の重要性を理解させるために、
あえてそういう人選をしたのでしょうね。
その時はわかりませんでしたが、社長が代わってもトップダウンが継続し、
会社が変わっていきました。

「女性活躍委員会」設立後は?

翌年2000年に「女性活躍推進室」が設置されました。
当時、私は社員として遠巻きに見ている立場でしたが、
弊社は古い歴史を持つ製造業の会社ですから、どこまで女性活躍が進むか心配でした。
しかし、海外で勤務経験のある室長の元で、順調に進んでいきました。
今ある制度のほとんどは、既にこの時期にできているんです。
先進的だったと思いますね。
例えば、育児休職制度等も細かい部分まで考えて作られていましたから。
私はこの時期に子供が既に小学校に入学していたので、
制度を利用することはありませんでしたが、仕事がしにくいことを話しやすくなり、
働きやすい環境になってきているなと感じていました。

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